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執筆者の写真王様企画

死は乗り越えるものではない



曽祖母の葬式に行ったことがある。



小学生の時、昼休み前に先生に呼び出され、母の車に乗って病院に向かった。

病室の前の椅子で、母と妹と3人で待っていた。


祖父に呼ばれて病室に入った時には、曽祖母は亡くなっていて「やっぱりそういう事だったんだ」と、理解した。



最初は、眠っている曽祖母を見ても、そうだとは思えず混乱ばかりしていた。

だけど、祖父と父が顔を赤くして泣いている姿を見て、実感が湧いてきた。

よく見ると、朝挨拶した曽祖母の様子とは全く違うし、この人が曽祖母だと信じられなかった。

でも、この空っぽになった人が、私の大好きな曽祖母なんだと言われて、泣いた。


私が泣いたら、祖父と父は泣くのをやめた。




母と妹と一緒に家へ帰った。


後から祖父と父が帰ってきたけど、その時にはいつも通りだった。

何日後かに親戚が集まって、葬式が行われた。

柩に入った曽祖母は、とても綺麗に飾られていた。

私は従姉妹と遊んでいて忘れていたけど、

葬式が始まって少しして曽祖母が死んだと思い出した。


葬式の様子をあまり覚えていないけど、さっきまでテキパキ動いていた大人も、私達と遊んでくれていた父も、みんな揃って泣き出した事だけ鮮明に覚えている。



葬式は残された人の為に行われるんだと気づいた。



あれだけ気丈に振る舞ってた祖父も、笑顔を見せていた父も、葬式では泣いていた。

思い出して、悲しんで、懐かしんで、受け入れていた。



死は、乗り越えるものではなく

受け入れるものだ。



葬式は、その為の場所なんだ


残された者にとって、とても大事なものなんだ


曽祖母の葬式に出て、私はそう思った。



今回、王様企画で上演する『タナトピア』は

大切な人の“死”を受け入れられない人達の物語です。


現在、コロナウイルス感染拡大防止のため、死体は隔離され

死者と顔を合わせられずそのままお別れをする人がたくさんいます。

気づいたら、大切な人が骨だけになって帰ってきた。



そんな人たちは“死”をどうやって受け入れればいいのでしょう。


私達は『タナトピア』の住民にはならないと、言えるでしょうか?



今この時に、『タナトピア』を上演するのには、とても意味があると私は感じています。







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